『考える』とはどういうことか考えたことありますか?

 

日本では『暗記型の教育』をはじめとして、個人の思考能力を奪うような社会システムが出来上がってます。「自分なりに考えてる」と言ってる人も、実は自分では気づかないうちに『思考停止状態』に陥ちゃってるかもしれません。

 

もちろん、脳機能が停止しているわけではないので、無思考ということではありませんが、「考えてる気になってるだけ」で、想念が同じところをぐるぐるとループしてるだけってケースはけっこうあります。

 

今回は、『考えること』とはそもそもどういうことか?

ということを紐解いてみます。

そもそも『考える』とは何か?

 

結論から述べるなら、

『考えるということは言語化していくこと』

もっと言うと、

『モヤっとした曖昧な感覚を言語化することによって視点を上げていくこと』

です。

 

視点が上がるということは問題点が解決に向かうということですが、多くの人は視点が上がることなく、ただ同じところを行ったり来たりしている状態を『考えてる』と錯覚しています。

 

 

例えば、イヤなことがあると、そのイヤな感情が頭の中をぐるぐると駆け巡りますよね?

 

その感情は、多少は言語化されていたりするかもしれませんが、多くの場合、視点が上がっていくことなく、低い位相でただループしているだけだったりします。これは『考えてる』って言うよりは、『イヤな感情に捕まってる』だけ、と言った方が正確です。

 

感情が脳内でループすると、大きなエネルギーを消費するので疲れますが、それが自分を『たくさん考えてる気にさせる』のです。

 

なぜ、言語化(建設的思考)が止まってしまうんでしょうか?

 

人間は思い込みに支配されて生きている

 

ロジャー・バニスターという人を知っていますか?

 

イギリスの陸上選手で、『ライフ誌』が選出した【この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人】にも選ばれています。

 

1954年、彼は世界を震撼させる偉業を成し遂げました。それまで人類には不可能とされていた【1マイル4分の壁】を破ったのです。

 

当時、医学生だったバニスターは記録に挑戦するにあたって、それまでとは違った新しい方法を取り入れ、2人のペースメーカをつけて臨みました。結果は、3分59秒。この記録は当時、前人未到の偉業で世界の陸上界に衝撃を与えたわけですが、この後、さらに面白いことが起こりました。

 

この記録からわずか46日後、ジョン・ランディというオーストラリアの選手が3分58秒というタイムでバニスターの記録を塗り替え、それから短期間の間に4分を切る選手が次から次へと出てきたんです。

 

 

なぜ、こんなことが起こったのかというと、バニスターが4分の壁を破ったことで、多くの選手に

「お、4分を切ることって可能じゃん!」

という感覚が芽生えて、【1マイル4分の壁】という心理的ブロックが外れたからです。

 

 

人間というのは良くも悪くも『思い込み』に支配されて生きています。

 

「自分なんかが東大に受かるわけない!」

「金持ちになんかなれるわけがない!」

「自分は内向的に違いない」

 

こういった『思い込み』は時として人生の可能性を制限します。

 

そして、『思い込み』が多ければ多いほど、強ければ強いほど建設的な思考がストップして、低い視座で思考がぐるぐるとループするのです。

抽象度を上げていく

 

『考える』ということについて考える時、『抽象度』という発想が大きなヒントを与えてくれます。

 

聞きなれない言葉だと思いますが、『抽象度』という言葉は認知科学者の苫米地英人氏による造語で、最先端のコーチング理論を学んだ人やビジネス系の情報発信者の間では、共通言語になり始めているようです。

 

それにも関わらず、この言葉について具体的に解説した記事は、僕の知っている限りでは、まだ無いようなので、今回、具体例を混じえながら解説していこうと思います。

 

 

 

まず、一般的に使われる『抽象的』という言葉とは、だいぶ意味合いが違って、『抽象度』という言葉には『俯瞰した視野』というニュアンスが含まれます。

 

 

いまいちピンとこないと思うので、具体例をいくつか挙げてみましょう。

Google Map でズームインアウト

【Google Map】 は使ったことありますよね?

ちょっとイメージしてみてください。

 

例えばあなたが、東京に居るとして、そこから視点をすーっと上げていくと、いずれ、北海道から沖縄まで【日本全体】を俯瞰して見渡すことができます。

 

ここが抽象度が上がりきった視点です。

今度は逆に【日本全体】からズームアップして視点を下げていきます。そうするとやがて、全体像が

 

日本  →  関東  →  東京都  →  杉並区  → 阿佐ヶ谷

 

と細部に移動していき、最後にはストリートビューまで具体的に見ることができます。

パソコン上のファイルをどんどん開いていくのに似てますね。

 

まずは、これが『抽象度』に関するイメージだと思ってください。

 

 

ちなみに、【日本】【杉並区】【阿佐ヶ谷】といったように一つ一つの塊を『ゲシュタルト』と言います。

【杉並区】【世田谷区】【新宿区】というように小さなゲシュタルトが集合して、より大きな【東京都】というゲシュタルト(全体像)ができます。

 

で、この『抽象度』なんですけど、【ストリートビュー】から【日本全体】まで、つまり、下から上へと全部繋がっている必要があるんです。

 

ここが『抽象的』と違うところです。

『抽象的』というのは下から上まで繋がってなくて、雲のようにふわふわと掴み所がない概念のみを指します。Google Map で言うと、【日本の全体像】の部分だけですね。

 

 

抽象論が好きな人は、日本の全体像しか見えてないので、ストリートビューはもちろん見えません。そうなってくると、地に足を着けてストリートを歩けない、ってことが起こってきます。地に足が着いていないということは、行動に移せないということです。

要は、本質的なことを言っているように見えるけれど、実務能力が無いんです。だから、いつでもアクションが取れるように、下から上まで繋がっている必要があるわけです。

 

ピラミッドの断面積が思考レベルの人口比率

今度は、四角錐(ピラミッド)をイメージしてみてください。

 

 

一番下の面積が最大の部分、ここが抽象度が最も低い階層で、大多数の人と共通する思考領域です。一般論と言ってもいいでしょう。

 

そこからすーっと上に昇って行くと俯瞰度は上がりますが、面積が小さくなりますね。これは、その抽象度の高さを持った人の絶対数が減る、ということを意味します。

 

てっぺんまで昇りきっちゃうと、もう周りには誰もいませんね。

 

自分の頭で考えて生きて行くことは、ある意味、『孤独な生き方』と言うこともできます。ただ、抽象度が上がってくると、他人に対する理解度も上がってくるので、これを『孤独』と捉えるかどうかはその人のマインド次第ですね。

 

だから、てっぺんに近づいちゃった多くのアスリートやアーティスト、実業家たちは、自分の生き方や哲学なりを広めて、人々を引き上げようと、今度は、教える側に回ったりもします。

思考の螺旋階段を上っていく

物事は螺旋的に発展していく

ヘーゲルの弁証法的な考え方です。

 

抽象度を上げていくことは『思考の螺旋階段』を昇って行くことです。上から眺めると、同じところをぐるぐる回っているように見えるけれど、横から見ると少しずつ視点が上がって行って、気づくと、かつての問題点が足元のはるか下の方に俯瞰して見える、ってことが起こってきます。

 

抽象度を上げる方法

で、この『螺旋階段』を昇って行くためには、2つの方法があります。

 

・曖昧な思考を言語化していくこと

・知識をつけること

 

自分で考えること = 言語化

という大前提があるわけですけど、実はそれだけでは限界があります。【東京都】だけの知識を持ってても【神奈川県】のことは見えてこないからです。

 

 だから、さらに抽象度を上げていこうとするなら、【神奈川県】に関する知識も必要だし、【青森県】に関する知識も必要になってきますね。そうやって少しずつゲシュタルトを構築しながら、全体のゲシュタルトができてくるんです。

 

ここで、一つ注意点があります。それは、思い込みやエゴは、抽象度を上げて行くのを邪魔するということです。『思考の螺旋階段』を昇って行く時、『エゴや思い込み』によって行き止まりになる、なんてことはよくあります。

 

抽象度を上げることは客観性を高めることでもあるんですけど、エゴや思い込みというのは『主観そのもの』なので、『行き止まり』に突き当たった時、それが自分の『思い込み』によるものだと、自分ではなかなか気づきにくかったりします。

 

だから日頃から、意識的に自分の中にある『エゴや思い込み』と『思考』を切り離して考えるクセをつけておく必要があるんですね。

脱・思考停止人生

思考停止状態で生きるということは、無意識のうちに他者によって刷り込まれた考えで生きて行くことと同義です。抽象度が低い脳は、他人の考えを自分の考えだと勘違いしてしまいます。これでは誰の人生を生きているのかわからないですね。

 

たまに、

「別に楽しければいいじゃん!」

って人がいますけど、これって

「楽しければ思考停止でもOK!」

って言ってるのと同じだということに気づいた方がいいかもしれません。

 

自分の頭で考えることは、自分の人生を生きるための最低条件です。

 

それと同時に、思考の抽象度を上げるということは自分自身が進化することでもあります。視点が上がるわけですから。思考力を高めるということは、自分の脳をアップデートする方法の一つなんです。そうやって、常に脳を最新バージョンに更新して行くことができれば、眼に映る世界が常にフレッシュっていう、ある種のミラクルを体験することになります。

 

抽象度が上がれば上がるほど、考えは深まっていきます。『考えを深める』『考えを掘り下げる』というと下へ下へと掘っていくイメージですが、実のところ、『深い考え』というのは視点が高い考えのことなんですね。

 

僕自身、抽象度が高いとは言えませんが、できる限り自分の頭で考えて生きていこうと思ってます。

 

 

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