その土地で生まれ育ち、そのポイントを知り尽くしているローカルサーファー達をリスペクトする、という考えに異論がある人はあまりいないと思います。

一部、良識に欠けるサーファーもいることは事実ですが、ビジターサーファーの多くはローカルに対するリスペクトの気持ちを持っているようです。

 

それにも関わらず、時として避けがたい理不尽なローカリズムに、首を傾げたくなるような経験をしたことがある人も少なくないんじゃないでしょうか?

 

今回は、サーフィンをしていれば必ずと言っていいほど直面するローカリズムというものについての考え方を深掘りしてみます。

世界中に点在するローカリズム

どこの国でもローカリズムというのは存在します。

 

冒頭の写真はオーストラリア東海岸の某有名ポイントです。

 

“ RESPECT THE LOCALS, DO NOT PADDLE UP THE INSIDE ”

「ローカルに敬意を払え。ピークへ向かってパドルアウトするな。」

 

と書いてあります。

 

オーストラリアという国では全体的に『わりと緩め』ですが、こんな感じでローカリズムが色濃く出ているポイントもちょいちょいあります。

僕も、こっちへ来てまもない頃、ローカリズムが強めのポイントで、ローカルがらみで嫌な思いをした経験があります。

へ?ローカルオンリーって・・・

こういった但し書きは、世界各中で見られます。もちろん、日本でも然りです。

 

この但し書き、ものすごく好意的に解釈するなら、

「それなりの技量があるならピークへ来てもいいけど、厳しいポイントだから色々と気を遣ってね」

といったところでしょうか。

 

強引に裏メッセージを読み取ろうとすれば、『ビジターに海の中で嫌な思いをさせたくないローカルからの思いやりと戒め』と解釈できなくもないですが、おそらく、ほとんどのサーファーは「ビジターお断り」とストレートに受け取るんじゃないでしょうか?

 

そうであるなら、このメッセージからは少なからずの排他性威圧感を感じてしまいますね。

排他的なローカリズムとビジターマインド

自然を相手にするサーフィンでは、厳密にルールを規定することはできないので、雰囲気を読むということは重要になってきます。

 

ローカル、そして上級者が良質なピークでローテーションしてる所に、空気を読めないビジターが土足で入って行って調和を乱すなんてことも無きにしも非ずで、この場合はビジター側に非があるわけです。

ですので、ビジターがその日一番のピークに入っていく場合、自分の技量を自覚した上で、最低限、場の雰囲気を読むくらいの配慮はしたいですね。

大半のサーファーはデフォルトでローカルリスペクトマインド

その土地に愛着を持ち、その土地に住んで何年何十年と通い続け、そこの波を誰よりも知り尽くしているローカルサーファーには、もちろん敬意を払うべきです。

というか、海だけに限らず、よその土地に足を踏み入れた時、その土地の諸々を支えてきた現地の人たちに敬意を払うのは、常識的に考えてごく当たり前のことですね。

それにしても「Respect the Locals」って自分で言っちゃう!?

とは言え、「ローカルをリスペクトしろ!」と自分で言っちゃうローカルに対して、鼻白む思いがあるのも事実です。

 

レジェンドサーファーは自分で自分のことを「レジェンド」と言ったりはしませんね。

それまでの業績や技術、そして、サーフィンにかける情熱やサーファーとしての在り方を周囲が認め、リスペクトすることによってレジェンドサーファーは「レジェンド」と呼ばれるようになるんです。

「リスペクトしろ!」なんて自分で言っちゃうと、もうそれだけで『負け戦』です。自分に対しても他者に対しても完敗してるわけです。

 

 

かつては、教師というのは尊敬されて当然という時代がありました。

 

学園ドラマ(もはや死語ですね。笑)なんかでは、生意気な生徒に対して

「先生に向かって何だ!その口の聞き方は!!」

なんて言う台詞が何の違和感もなく使われたりしてたんですけど、そもそも生徒の方は、

「こいつは大したことねーな」

ということを見抜いているわけです。

 

「ローカルをリスペクトしろ!」は「先生に敬意を払え!」と言うのと同レベルであり、かつ、時代錯誤な感も否めません。

 

そもそも論として、リスペクトして欲しいと願うなら、リスペクトされるサーファーである必要があります。

ローカルというだけで、無条件で「リスペクトしてくれ!」というのは、誤解を恐れずに言うなら、ただの『クレクレ君』に見えなくもないですね。

『ローカルオンリー』って・・・お前の海か!!

縄張り意識で『ローカリズム』を振りかざされると、リスペクトの気持ちもどこかへ消え失せてしまいます。サーファーとしても人間としても、あまりにも器が小さく見えて仕方ないですね。

 

世界ではどんどんボーダレス化が進んでいるのに、海という元々ボーダレスなフィールドでテリトリー意識を持ち続けるのはもうオワコンだと思った方がいいでしょう。

 

揉めるのもバカバカしいので、そうしたポイントにあえて入って行くことはしませんが・・。

場合によっては『ローカルオンリー』もアリ

もちろん、ローカルオンリーで然るべきポイントもあります。

海の中では何が起こるかわかりません。自然の中にはいつも魔物が潜んでいるものです。

 

例えば、部分的に潮の流れが強烈で、かつ、それがビジターにはわかりずらかったり、または、海底にところどころリーフが突き出ているポイントなんかは、ビジターがノコノコと入っていくのは危険です。

 

プロサーファーが岩場ギリギリのところを乗って行ったり、明らかに危険なポイントで楽しそうにサーフィンしているサーフムービーなんかを観て、その影響から憧れを抱く気持ちもわからなくはないですが、僕ら一般サーファーは『無謀は美徳ではない』ということを理解している必要があります。

 

もし、そうしたローカルオンリーポイントに惹かれるのであれば、ローカルの方と『Win-Win マインド』で仲良くなって情報を提供してもらうか、案内してもらうのがいいでしょう。

理想的なローカルとビジターの関係

たまに『ローカリズム』そのものを批判する人もいますが、それもちょっと違うな、と感じてます。

サーフィンに限らず、どんな分野でも『ローカル』というのは、その土地特有の空気感というのを持っています。繰り返しになりますが、よその土地を訪れた時に、現地の人たちが持つ空気感を感じ取り、敬意を払うというのはビジターとしての最低限の礼儀です。

 

一部のマナーの悪いビジターによって、ビジターサーファー全体のイメージが損なわれるケースがあるように、一部の縄張り意識の強いローカルサーファーによって、ローカリズムに排他的なニュアンスが与えられているようです。

 

理想を言うなら、

『ローカルはリスペクトを求めず、ビジターはローカルに対してリスペクトの念を忘れない』

が着地点になりますが、現実問題、もう個々人のモラルになってくると思います。

まとめ

縄張り意識を持ったローカルサーファーには辟易しますが、実際のところ、日本人・外国人問わず、これまで会ってきた、いわゆるローカルサーファーと呼ばれる人たちは、サーフィンを心から愛し、基本的にはビジターを受け入れる、気持ちの良い人たちがほとんどでした。

 

ですので、僕個人としては、シンプルに日常のモラルをそのまま海に持ち込むだけでいいと考えてます。

 

いつもやっているように、海の中でも他人に対するリスペクトを忘れない。

これに尽きるんじゃないでしょうか?

 

「サーフィンには多くの学びがある」

「サーフィンから得たものを、日常生活で応用する」

云々、言っている人はちょいちょいいますが、『海から陸へ』以前に『陸から海へ』というベクトルを先に考えた方がいいかもしれません。

 

海の中という非日常性、そして波を取ることに対する無意識の競い合いから、ともすれば、陸では当たり前のようにできていることを忘れてしまいがちです。

 

“ We are all equal before a wave ”

          「波を前にすれば、オレたちはみんな平等だ」

 

レイアード・ハミルトンの言葉です。

 

実際のところ、個人の技量や意識に差があったりするので、『みんな平等』だとは思いませんが、『ローカルとビジター』という構図で見た時、この言葉は、【ローカル / ビジター】というボーダーを取っ払い、それぞれが一人のサーファーだということに気付かせてくれますね。

 

最後にもう一度、言ってみますが、

「いつもやっているように、海の中でも他人に対するリスペクトを忘れない」

やっぱり、これに尽きるんじゃないでしょうか?

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