人間は心の奥底で「ここではないどこか」に対する憧れを持っています。

それは「より自由を感じることができるどこか」と言ってもいいでしょう。

 

人間の願望や欲求を抽象化していくと、だいたい『自由』という言葉が出てきます。

 

「自由」

 

素敵な響きですね。

 

少なくとも「自由になんか興味ないぜ!」って人は、あんまりいないんじゃないでしょうか?

 

とりわけサーファーというのは、『自由』に対する憧憬が強いように思います。実際、サーファーの中には、不自由な人間社会から逃れるために、そして自由を感じるために海へと向かう人も多いはずです。

 

もちろん、僕もその一人です。

でも、考えてみてください。

そもそも『自由』って何なんでしょうか?

ものすごくふわふわした言葉ですよね?

 

『自由』であることに 憧れつつも、その言葉が持つ甘美なイメージと言葉尻にとらわれて、何となく使っている人が大半じゃないかと感じてます。

 

今回は、『自由』とはそもそも何なのかということを明らかにしつつ、

「サーフィンで僕らはどこまで自由になれるのか?」

という、ちょっと興味深いテーマについて深掘りしてみようと思います。

動物的な自由と人間的な自由

『自由とは選択肢の多さ』です。

“人間としての自由”を考える時に、これ以上の答えはないように思います。

人間社会の土台は『言葉』

人間とは不自由な存在です。なぜって、人間は『言葉』というものを生み出してしまったから。

人間の頭の中には常に言葉があります。『言語束縛』です。

 

「はじめに言葉ありき」というように、人間社会のベースには言葉があります。

国も文化も音楽もスポーツも、資本主義もお金も宗教もテクノロジーも、言葉なしには存在し得ませんでした。

 

もちろん、サーフィンだって言葉の産物です。

象は自由そのもの

言葉というのはコミュニケーションのツールである以前に、『世界を切り離す』という機能を持っています。

例えば、サバンナに一本の木が生えています。

僕ら人間は、その木に『木』という言葉を与えることによって初めて木として認識することができるんです。

象にとって、その木は『木』ではなく、ただ『自然の一部』でしかありません。象は自分と他を切り離してとらえることをしないんです。

象にとって世界というのは『すべては一つ』として存在しているはずです。そこには何の束縛もありません。

 

『動物は言葉を持たないが故に自由そのもの』と言うこともできますね。

 

人間だけが木を『木』という言葉で捉え、象を『象』という言葉で定義し、マモル君を『マモル』という言葉で認識するのです。

 

「オレはオレ、オマエはオマエ」

ってな感じで自分とあらゆるものとの境界を作って、自分と自然を切り離しているのが人間ってことになりますね。

『自由奔放』という不自由さ

僕らは法律や道徳(モラル)によって行動範囲を制限されています。

 

その中で、できる限り自由に生きていこうと努めるわけですが、でも、これって実はけっこうハードな試みだと思いませんか?

人間社会というのは他人との関係性によって成立していて、好き勝手に振る舞うことは『調和』を乱しかねないからです。

 

中には『自由奔放』に生きているように見える人もいますが、彼らは本当に『自由』なんでしょうか?

もし彼らが社会通念や固定観念を強く持っていたとしたら、それは自由とは言えないかもしれません。

 

固定観念や社会通念というのは思考を不自由にするからです。そうなってくると『行動は自由』に見えるのに、『思考は不自由』なんてことが起こってきます。

自己成長によって選択肢を増やしていく

繰り返しになりますが、人間社会においては、

自由 = 選択肢の多さ

です。

 

ABCという選択肢の中からAを選ぶのと、はじめからAという選択肢しかなくてAを選ぶのとでは、結果は同じでも、人生の自由度が大きく違ってきますよね?

社会通念に支配されていたり、固定観念や思い込みにとらわれていると、それがブロックとなってBCといった選択肢が見えません。

 

『自由』に生きていくということは、

ABCDEF、、、、、

と選択肢を増やしていくことなんです。

 

選択肢が増えれば、それだけできることの範囲が広がります。自由度が上がるということですね。

結果的に『自由奔放に生きている人』と『自由に生きていこうとする人』とでは、実現できる現実に差が出てくるわけです。

 

人間社会で自由に生きていこうとするなら、自己成長によって選択肢を増やしていくことは必須ですね。

サーファーはどこまで自由であれるのか

Sometimes paddling out and not even catching any waves,
just being out there, it’s very big feeling.

パドルアウトして海に出れば、波に乗らなくても、

ただそこにいるだけで壮大な気分になれる。

ートム・カレンー

サーファーは海の中に『自由』があることを知っています。

そこは言葉による束縛が限りなく希薄になる世界です。

 

ラインナップには他のサーファーもいますが、そこではサーフィンのルールと、個々人のモラルさえあれば、誰もが『自由』を感じることができます。

 

とてもシンプルな世界です。

境界線が消えるところ

海の中は自然と調和するのにうってつけの場所です。

 

パドリング中の視界というのは水面スレスレです。これだけでも思いっきり非日常的な景色です。普段の生活ではあり得ない視点です。船で海へ乗り出しても、あんな景色は見れないですね。

 

また、ドルフィンすれば五感すべてを通して自然の音が聞こえてきます。波をくぐる音や水圧を身体全体で感じ取ることができます。

 

波待ち中は跨がったボードの上で波のリズムに合わせて一緒にゆらゆらと揺れ、うねりが入ってくれば自分と波をシンクロさせるべく、意識は『今この瞬間』に照準を合わせ始めます。そして、うまく波をつかんだならそこはもう言葉がいらない世界です。

 

あらゆる境界が消えて、自然と一体になる瞬間です。

 

野生動物と同じ世界です。

 

自由です。

 

たまりません。

 

めっちゃ自由を感じます。

 

 

「オレは自由だーーー!!」

 

 

 

本当でしょうか?

自由自在に波に乗るために

大自然の中にパドルアウトして波に乗ることで『自由』になれる、というのは事実です。

ただ、この段階ではまだ動物的自由でしかないと感じてます。

 

僕らは人間であり、しかもサーファーです。目指すところは自由自在に波乗りすること。

そのためにはスキルが必要になってきますね。

 

マチャド
It’s like self expression, you just go out and do what you want.

サーフィンは自己表現なんだ。だから、オマエの好きなように乗ればいいよ。

 

みんな大好きロブ・マチャドの言葉です。僕も大好きなサーファーの一人です。大好きなサーファーですけど、僭越ながら異論があります。

 

 

「好きなように乗れと言ったって・・・ね」

 

 

このムービーを観てください。

"THE RETURN OF THE DRONE" / ep. 2.2 from SOFT CORP on Vimeo.

 

めっちゃ自由に乗ってますね!楽しそうです。

でも、「好きなように乗れ」と言われて、これいきなりできたら天才です。笑

 

 

横に行き始めたサーファーに対して、

「もっと自由を感じるんだ。固定観念にとらわれるな。たとえそれがカッコ悪かろうが、自分の感覚に従って好きなように乗ればいいよ」

みたいなことを言ったとしても、おそらく、そのサーファーはテイクオフ後、スーっと横に行って終わるはずです。

 

まあ、セリフとしてはカッコよさげなんで言いたいのもわかりますけどね。言葉にロマンがあります。笑

 

 

じゃあ、カットバックができたらどうでしょうか?

横に行くだけよりは、ちょっとだけ自由に波に乗ることができそうですね。

 

『アップスン』『ボトムターン』『カットバック』『トップターン』それから『チューブ』に『レイバック』に『フローター』・・・

 

そうやってサーファーとして成長しながらライディングの選択肢を増やすことで、波乗りの自由度というのは上がっていきます。

 

だから、兎にも角にもスキルって必須ですね。

自分のスタイルを際立たせるのにも、やっぱりスキルです。スキルあっての自由です。

 

そうこうしているうちに、

「お、もっと色々できそうだぞ」

「こうやって乗ってみよう」

と好きなように乗れるようになってくるし、上の動画のように変幻自在も可能になってくると思います。

最後に「終わりなき自由への旅」なんて言ってみる

サーファーはパドルアウトしさえすれば、『自由』を感じることができます。

そこは自然に還れる場所、生き物としての本能が目醒める場所です。

 

でも、せっかくサーファーとして海へ向かうなら、そこで終わるんじゃなくて自由自在に波に乗れるようになりたいですね。

成長を通して波乗りの選択肢を増やしていくこと、そこに一段と抽象度の高い『サーファーとしての自由の本質』があるんじゃないでしょうか?

 

僕自身テケテケですが、少しでもより大きな自由を感じれるように、明日もまた海へ向かいます。

 

 

サーファーとして目指すところは自己成長。

それは『自由への旅』です。

終わりはなさそうですね。

エンドレス・サマーです。

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