2014年、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授が発表した論文が世界中で大きな話題になりました。

『ここ10〜20年で、人間の仕事の約半分がロボットや人工知能に取って代わる』

そんな未来を予測していたからです。

 

この論文の内容については賛否両論があるし、僕も少し異論がありますが、それでも大枠としては大体、的を射ているんじゃないかと思ってます。

 

世間では、「人工知能脅威論」やら何やらが話題になったりしてますが、肝心の「じゃあ、どうすればいいの?」ってところはイマイチ具体的に語られてないように思います。

仮に、語られてたとしても「残る仕事ランキング」「人間は創造的な仕事に集中すればいい」「リーダーシップを磨けばいい」といった、本質を得ていない情報や雲を掴むような情報ばかりが目につきます。

 

こういった時代変化に対して、僕らはどう対処していけばいいんでしょうか?

どうやらヒントは「山本さんの春キャベツ」にあるようです。

ロボット/ AI 時代はもう幕を開けている

来年、再来年という直近の未来ではありませんが、それでも5年、10年スパンで未来を予測してみた時、想像以上に多くの仕事がロボットや人工知能に取って代わられるというのは、ほぼ確定事項といってもいいと思います。

知能的には人間はアウトな時代

インターネットの拡大で、レンタルビデオ店や本屋、新聞社なんかも大打撃を受けてますが、新しい技術の誕生というのは、いつの時代でも人間の働き方に大きな影響を与えてきました。

 

実際、いくつかの大手金融機関ではAIの導入によって、大幅な人員削減が確実なものになってるし、タクシーの代わりに『Uber』が導入されて、欧米圏ではすでにタクシー業界が瀕死の状況です。

人工知能や効率化の波が自分たちの仕事を奪うなんて、数年前は、彼らも予想してなかったはずです。

 

「自分らには関係ないことだろう」

そう高を括って気づくと、自動化の大波にやらてれるってことが、実際に起こり始めてるんです。

 

あなたは10年後も幸せを感じることができるような仕事をしていますか?

 

ディープラーニングという技術の誕生で、膨大なデータから特定の規則性を見出してアウトプットすることに関して、人間が勝つことはもはや不可能になりました。

将棋電王戦では人工知能が名人に大きく勝ち越しているし、DeepMind社が開発した囲碁AIも世界チャンピオンに圧勝しています。当時、人工知能が囲碁でプロに勝つには10年はかかると言われていたけれど、もうすでに、こんな結果です。

 

これからコンビニやスーパーも自動化され、あらゆる事務仕事や士業、営業、スポーツの審判までAI化・自動化されていきます。

本当にクリエイティビティは人間だけの特権なの?

「クリエイティビティ(創造性)を必要とする職業は人間にしかできないだろう」

って主張する人、結構いますね。

 

例えば、一流の料理人、芸術家、伝統工芸の職人なんかのことを言ってるんだと思います。

でも、これらの職業は本当にAIには不可能なんでしょうか?

 

クリエイティビティ(創造)とは

『今はない新しい価値を生み出すこと』

です。

 

AIは0から1を生み出すことができないと言われてますが、実はこれは人間だって同じです。

人間の自我(個性)というのは、赤ちゃんの時からインプットしてきた記憶という情報によってできてます。創造性とは、そういった記憶情報の掛け合わせによって生まれるものです。人間だって0から1を生み出しているわけではないのです。

ということは、むしろAIの方が人間よりもはるかに膨大なデータを蓄積させることができるため、人間では考えもつかないようなパターン同士を組み合わせて、新しい何かを生み出すこともできるはずです。

 

僕もかつては、

「創造性とは人間だけに与えられた特権だ」

なんて考えてましたが、それって実は、人間の思い上がりでしかないですね。

 

人間を特別で高尚な存在とみなしたい気持ちもわからなくはないですが、そういった感覚って人間のエゴでしかないわけです。

そういう『人間のエゴ』とは無関係に、AIというのは、かなり広範囲にわたって人間の仕事を代替するようになってきます。

未来でも需要がありそうな仕事

そこで、

「一体どこまで人工知能やロボットは人間に取って代わられるんだ!?」

という誰もが抱く疑問について、真剣に向き合って考えてみる必要が出てきます。

 

まず、マッサージ師や看護師、保育士、介護士といった仕事は無くならない可能性が高いですね。人間の指圧に限りなく近づいたマッサージ機なんかもありますが、それでも人間の指の感触に勝るものはないですよね?

相互に信頼関係を築くことだって人間ならではのものです。

 

また、保育園に子供を連れて行って、保育士がロボットや人工知能だと、もはや子供をそこに預ける理由がなくなってきます。

要は人間の『温もり』や『暖かみ』といったものはロボットには表現できないわけです。

 

激務の割に報酬が少ないと言われている保育士などの仕事も、最適化の流れによって、それに相応しい価値を持つようになってきます。ロボットによって人件費を削減することができない分野だからです。

 

また、今は存在していない新しい仕事もたくさん生まれてくるはずだし、今はまだ影を潜めている仕事が脚光を浴びるようになります。

現に、かつては怪しいとされていたネットビジネスに注目が集まりだしているし、YouTuber やブロガーなんかは完全に市民権を得てますね。

 

それらの職業は、なぜ人を惹きつけるんでしょうか?

人間は物語に惹かれる

例えば、将来、AIロボットがメジャーリーガーとして登場したとしましょう。

このロボット、バッターボックスに立てばかなりの精度でホームランを量産するはずです。毎年、首位打者確定です。しかも、老い知らずなので生涯現役です。

でも、どうでしょう。メジャーリーグで首位打者といえば、もれなくスーパースターですが、このロボコップバッターがメジャーリーグでヒーローになるかと言えば、それはありえないと思いますね。

なぜって、そのロボットにはストーリーがないから。

 

数々の業績を残したイチロー選手が今でも多くファンに愛されているのは、その偉業もさることながら、ファンの人たちがイチローの野球人生の背景にあるストーリーを知っているからです。

彼がどれだけ野球を愛し、そこにどれだけ人生のエネルギーを注いで、どれだけ全身全霊で向き合ってきたか、ということをファンの人たちは知っているんです。

 

ヨーロッパでは野球がアメリカやアジア各国ほど盛んではないため、イチローの名はそれほど知られてはいません。なので、イチローという野球選手が残した業績を聞いても、それほど反応はしないはずです。

でも、イチローの業績をドキュメンタリーに乗せて、つまり、それまで歩んできたストーリーと共に見せるとどうでしょうか?

おそらく、少なくない人が感銘を受けて、イチロー選手を讃えるはずなんです。

 

つまり、人間というのは目に見える数字やパフォーマンスと同様に、その人にしか紡ぐことができない物語にも『価値』を感じているんです。ここが、人間と人工知能の決定的な違いです。

僕らは人工知能の開発者のファンになることはあっても、人工知能そのもののファンになることはありません。

「いや、オレ、Pepper君好きだけどなぁ」

って意見もあるかもしれませんが、Pepper君は大量生産できるので、どのPepper君でも同じです。

 

「私はこのPepper君じゃないとダメ」

とはならないはずです。Pepper君1号が持つデータというのはPepper君2号のデータと交換可能なものだからです。

 

人間だけが、交換不可能なストーリーを持っているのです。

この春キャベツ、山本さんが作りました

『自分の物語を表現する』ということをやろうとした時、マーケティングにおけるMSP (Me Selling Proposition) という考え方が大きなヒントを与えてくれます。

 

かつては、USP (Unique Selling Proposition) という考え方が主流でした。つまり、商品がユニークでありさえすれば、モノが売れていたんです。

 

それが今、どうなってきているのかというと、人の行動の動機が「何を買いたい」から「誰から買いたい」にシフトしてきているのです。

 

スーパーの生鮮野菜コーナーを覗いてもらえればわかると思いますが、例えば、生産者である『山本さんの顔写真がラベリングされた群馬県産の春キャベツ』が売られてたりします。

「何も記載がない春キャベツ」と「山本さんの顔写真付きの春キャベツ」が、並んで置かれていた場合、山本さんの春キャベツに軍配が上がります。

 

消費者は『何を』以上に『誰から』を求めているのです。

 

更にここに提供者の個性が表現されることで、そこにはMSPという付加価値が生まれます。商品のユニークネスではなく、提供者のユニークネスが立ち上がってくるのです。

MSPを体現したフレンチ『コート・ドール』

「この人が作る料理が食べてみたい」

そんな衝動に駆られて訪れたレストランがあります。

 

フレンチの名店『CÓTE D'OR(コート・ドール)』

数年前、糸井重里さんが紹介していた『調理場という戦場』という本をきっかけにファンになりました。

コート・ドールのオーナーシェフ斉須政雄さんの半生を綴ったこの本には、大げさではなく、恐れを克服しながら全身全霊で駆け抜けてきた男の言霊が散りばめられています。

フレンチレストランなら日本に掃いて捨てるほどあるし、ましてや、星付きのモダンフレンチなんかでは、出された瞬間からその美しさに圧倒されます。

 

それでも、「いつかは絶対、訪れてみたい」と強く思ったのは『コート・ドール』だけです。ファンにとっては『コート・ドール』じゃなきゃダメだし、そこには斉須さんがいないとダメなのです。

驚くほどシンプルなシンプルな盛り付けと、素材の味を活かした(素材を活かすとはまさにこのことだと思いました)料理、そして落ち着いた品のある店内の雰囲気には、斉須さんのMSPが強く打ち出されているし、何よりも、ファンは斉須さんの『生き様』『料理哲学』に魅せられているのです。

 

たとえ将来、ロボットやAI が進化しまくって、高級フレンチが自動化される世界が訪れたとしても、斉須さんが切り盛りする『コート・ドール』にはお客さんの足が絶えないはずです。

最後に:MSP語りのスキルを磨こう

効率化の波はもはやとどまることを知りません。これから人間の機能的価値はほぼロボットで代替できるようになります。

そうなってきた時、MSPは僕ら人間が開拓すべき最後のフロンティアになってくるはずです。というか、もう既にそうなってきてます。

これを悲観的に感じるのか、それとも楽観的に感じるのかは、もう個々人の生き方にかかってくると思います。

MSPは一夜にして成らず

人と同じことをしていたんではダメですね。人と同じような生き方をしてたんでは、人と同じような中身になるので、人と同じようなMSPしか出てきません。

自分のMSPを体現したければ、自分の人生に生きることです。未来を思い描いて、自分の人生を生きることに意識が向き始めると、そこに自分独自の物語が生まれるからです。

 

ホリエモンがどこかで、

「AIに仕事を奪われるという発想はダサすぎる」

と言ってましたけど、言い得て妙ですね。

 

AIに仕事を奪われる」と言ってる時点で、「自分はAIより価値がない人間だ」って自分で宣言しちゃってるようなもんですから。ちょっとエフィカシー(自己効力感)が低すぎるように思いますね。

 

そもそも、価値がない人間なんていません。

自分には大した価値がないと感じている人は、これまで他人の人生を歩んできたか、もしくは、単純に自分の人生のストーリーを取り出して物語る(アウトプットする)能力がまだ備わってないだけです。

アウトプット力というのは、練習次第で誰でも上達可能です。何も秀逸な文体や表現力で自分を表現しろって話じゃないですから。

 

あなたは自分のMSPを語れますか?

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